ずっと手放さなかった「好き」|山本琢也のΛυΛμε.
山本琢也 × 関口黎 × 前原朋之|ずっと手放さなかった「好き」が、思いがけないところでつながり始めた

今日は、ΛυΛμε.に新たに……新たにというか、最初から実はいてくれたんですけど(笑)。今回、サイトに改めて山本琢也さんの名前が加わったので、琢也さんのことをちゃんと紹介する回にしたいと思っています。
「ずっとゲーム映像の人」だと思っていた。
これまでどんな映像をつくってきたのか、何を大切にしているのか、どうしてΛυΛμε.で一緒にやろうと思ってくれたのか、という話をしていきたいんです。現場で改めて「山本琢也」を掘ることって、あまりないじゃないですか。
山本琢也です。普段は映像ディレクターとして、企画と演出をやっています。もともとはAOI Pro.という広告の制作会社にいました。THINGMEDIAのメンバーも、結構在籍していた会社ですね。
入ったのは2015年です。ただ、AOI Pro.の企画演出部に入社したわけではなくて。当時は「オンラインユニット」という、Webムービーに特化した部署があって、そこのプランナー兼ディレクターとして入ったんですよ。
テレビCMがメインの時代で、Webムービーは「バズるか、バズらへんか」「何万回、何百万回再生されるか」みたいなことをやっていたんですよ。企業が、テレビCMではやらないようなおもろいムービーをつくる。その企画や演出をやろう、という部署でした。
『3秒クッキング』とか、あの時代ですよね。あれ、大好きなんですよ。今もYouTubeに残っていたら、ぜひ見てほしい。
そういう、企業がおもろいムービーをやる時代ですね。テレビCMではやらないようなことを、Webでやろう、と。
そのあと、Quark tokyoという会社に移って、一年半くらい企画をやっていました。企画を出しても、なかなか映像の形にならない時期もあって。その後またAOI Pro.に戻って、CMに付随するWebムービーとかをやっていたんです。
僕が出会ったときには、もう「ずっとゲーム映像をやっている人」という印象だったんですけど、AOI Pro.にいたときは、そうではなかったんですね。
そう。ゲームはもちろん好きやったけど、社員時代にちゃんとゲームの案件をやったのは、実はそんなに多くないんですよ。
名前を覚える前に、「ゲームマスター」になった。
たまたま精算をしに会社へ行ったときに、「ゲーム詳しい?」って聞かれて。「詳しいですよ」って話していたら、「ゼルダの伝説、やったことある? じゃあ、ちょっと手伝って」って。そこからプレゼンに入ったんです。
それが、二人が初めて一緒に仕事をしたタイミングなんですか。
そうですね。プレゼンから一緒にやって、資料をつくりつつ、ゲームの収録もしなあかんかったんです。そこで関口がずっとゲームを収録してくれていて。最初のころは、関口の名前をまだちゃんと覚え切れてなくて、ゲームマスターって呼んでました(笑)
(笑)
ゲーム案件って、最初は「ゲームの画を撮るんやろ」くらいに思っていたんですよ。開発の人が撮った映像を使うものやと思っていて、自分らで収録するとは思っていなかった。
今も、ゲームの広告映像って、開発の方が撮っていると思っている人は多いでしょうね。トレーラーを切り出して、つないでいるのかな、とか。自分たちでゲームの中を収録しているとは、なかなかわからない。
その後、僕が最後にAOI Pro.でやった紹介映像の仕事でも、ずっと一緒にいたじゃないですか。数か月。あそこがやっぱり長かったんですよ。距離感としても。もともと仲はよくて、会社で会えば「ゲームマスター!」みたいな感じで話していたんですけど。
会社のパソコンをあまり使っていなかったんですけど、印刷するには会社のパソコンが必要で。だから関口にAirDropでデータを飛ばして、「これ印刷して」って、しょっちゅう頼んでいました(笑)。そういうのを頼んでもいい後輩、というか。
独立したら、世界の予定が変わった。
AOI Pro.を辞めたのが、2020年の3月末なんです。辞める話をしたころには、まだ世の中がそこまで変わると思っていなかった。独立したら、コロナで、予定していた仕事もどうなるかわからなくなって。
辞めた後に大きな仕事がある前提で、「いったん大丈夫か」と思っていたんですけど、それも急になくなって。「やばいな」と思っていました。なんやかんや、ちょくちょく仕事はあったんですけど。
THINGMEDIAとは、創業したころから、ちょくちょく仕事をしていたんですよ。AOI Pro.を辞める前から、何か手伝って、と言われて企画をやったり。それで、関口がTHINGMEDIAに来るタイミングで、またゲーム案件の声をかけてもらって。
映像学部に入ったのは、ゲームをつくりたかったから。
山本琢也は、どこで映像をつくることに興味を持ったんですか。こういう機会なので、そこを聞いてみたいんですけど。
大学時代ですかね。ただ、大学を選んだ時点では、ゲームをつくる方向で考えていたんですよ。映像学部という学部があって、CGとかゲームとか、いろいろできるらしい、と。最初から実写の映像をつくる気ではなかったんです。
映像学部へ行ったのに、ゲームをつくりたかったんですね。
一年目はいろいろ触るんですよ。実写も、CGも、プログラミングも、コンテンツのビジネスも。二年目くらいで方向を決めて、三年目以降は実践に入っていく。最初からCG学科とかに分かれているわけではなくて、触ってみた中から、自分らで選べる感じでした。
一年生の前期は、めっちゃプログラミングをやっていました。CとかC++とか。本を買って、課題もちゃんとやって。コードだけで動く、YES・NOの選択肢で進んでいくようなRPGをつくったりしてたんですよ。
ただ、周りで仲よくなった友達は、実写のほうへ行くやつばっかりやったんですよ。「撮影を手伝ってよ」と言われるし、大学生やから、夏休みにみんなで撮影へ行くのも楽しそうやし。
ゲームもCGも勉強しつつやけど、「実写のほうもええか」みたいな感じになって。友達が撮影しているところへ、手伝いに行ったりしていました。
せっかく撮るなら、瞬間移動をさせたい。
実写に行くにしても、VFXを使った映画をつくるようなサークルがあったんです。学生映画って、心の揺れ動きとか、恋愛とかを撮ることが多いじゃないですか。でも、やるならバーン! みたいなことがやりたかった。
『ジャンパー』みたいに瞬間移動するとか、『HEROES』みたいなことをやるとか。ああいうの、おもろいじゃないですか。その、しょぼい版を自分らでつくろう、と(笑)。After Effectsとかでエフェクトをつくって。
海外のVFXのチュートリアルを見て、エフェクトをつくって、映像をつくる。それで「実写、おもろいかも」となっていったんですよね。
それで就職を考えるときにも、やっぱりゲームはやりたいなと思っていたんです。『ファイナルファンタジー』とか『メタルギア』とか、カットシーンがめちゃくちゃかっこいいじゃないですか。映画やドラマより、そういうものに関わりたかった。
『FFVII』のリメイクが、いつか出るんちゃうかと思っていて。そのころまでに、どうにかゲーム業界に入りたいな、という気持ちもあったんです。でも、カットシーンをつくるチームを調べると、中途採用だったりする。じゃあ、まず実写とCGの経験を積めるところへ行こう、と。
ゲームの面白さを説明していたら、広告業界にいた。
そのころ、先輩から「バイトせえへん?」という話が来たんです。それが、ゲームのCMの仕事で。たくさんのゲームを出すので、それぞれがどんなゲームなのか、クリエイティブの人たちに教えてほしい、と。十人くらいで分担してゲームをプレイして、面白いところを資料にまとめて、説明するんですよ。
でも、その面白さが、なかなか伝わらへん。それで自分も資料をつくって説明していたら、「めっちゃできるじゃん」と言ってもらえて。最終的に、いろんなゲームを理解しているやつとして、一人だけ残ることになったんです。
そこから編集室にも呼ばれるようになって、編集を手伝い始めて。最終的には、CMのラストカットのモーションをつくったりもしていました。継続して呼んでもらっていたんですよ。
そのころ、別の会社の内定も決まっていたんですけど、AOI Pro.のオンラインムービーの募集を受けたらいいんじゃないか、と言われて。「CMのディレクターなら、CGも実写もできるな」と思ったんですよ。
その前にも、一回AOI Pro.の採用を受けていたんですけど、グループディスカッションで落ちていて。絶対、仕切りたがるやつが出てくるじゃないですか。何を話していても、全部自分の話に持っていくやつがいて。「めっちゃ話、取ってくるやん」って、爆笑してしまったんですよ(笑)。
最初は「ゲームをつくろうかな」くらいの気持ちで学部を選んで、実写をやるようになって。アルバイトで関わっていた人の後押しもあって、結果的に広告業界へ出荷された、みたいな感じです。
ゲームをつくりたいところから始まって、映像も楽しそうだし、自分も楽しい。そこで働いてみたら、また次の話が来て。気づいたら今になっていた。つまり、今のところ一回も「映像をつくりたい」とは言っていないんですね。
何かの映画をつくりたいとか、自分のこういう世界を描きたいとか、そういう感じではなかったですね。でも、結果的に好きやから続いているんやと思います。
琢也さんが好きな映画って、結構、男の子がみんな好きな映画ですよね。ド派手で、ストーリーも王道で。
しっかり「見た甲斐があった」と思える映画が好きですね。そこは順張りかもしれない。
原動力は、たぶん必要ない。ゲームは生活の一部だから。
ゲームをプレイする側から、ゲームを撮って届ける側になってみて、見え方や価値観は変わりましたか。
変わったかもしれないですね。もっと広く知られてほしい。日本のゲームが、もっと海外にも届いてほしい。一人でも多く、という気持ちはあります。
仕事でも相当な数のゲームに関わっているのに、話すたびに新作をちゃんと買って、遊んでいるじゃないですか。「いつやってるの?」と思うくらい。それでも、ちゃんとゲームが好きなんですよね。その原動力は、どこから来るんですか。
原動力って、難しいですね。生活の一部になっているから。ずっと、幼稚園くらいからやっているんで。
原動力が必要ないんだ。それが日常なんですね。映像をつくっていて、「頑張ってるな、俺」と思うことはありますか。
単純に、スケジュールが詰まっているときくらいじゃないですか。「いつ寝んねん、これ」と思うときはありますけど。
この前も、部屋にあるパソコンが、自分の関わっている案件で全部埋まっていたんですよ。そのうえ、別の部屋では編集をしていて。右で撮影、左で編集、ずっとシャトルランしているみたいな(笑)。「ここのカットが」って言われても、「今、どの案件の話してたっけ?」となる。
その真裏で、『VEARTH』の映像もやっていましたからね。
それでも、楽しいですか。
楽しくなかったら、やっていないと思います。時間も労力もかかるし、ゲームの映像って、やっぱり大変なんですよ。
ゲームの中にも、「待ち」がある。
僕がすごいなと思うのは、ゲームの映像を何回も撮り直して、何回も編集を見て、素材をチェックして、っていうのを続けられるところなんです。ゲームのキャラクターって、ご帰宅されないじゃないですか(笑)。お色直しも一瞬だから、逆に言うと、ずっとやれちゃう。そこを好んでやれる人って、なかなかいないと思うんですよ。
実写なら、撮影時間や天気、出演者のスケジュールがあるじゃないですか。ゲームは、そこで区切られない。もちろん、ゲームの中でも「雲待ち」とかはありますけど。
電車が来るのを待つとか、ランダムで出てくるものを待つとか。ゲームの中にも、そういう待ちはあるんですよ。
プレゼンの段階では、まだゲームを触れないこともあるんですよ。公開されているトレーラーとかを見ながら、「こういうシーンはあるやろう」と考える。でも実際には、なかったり、撮れなかったり、カメラを動かせなかったりする。
最近は、「こういうシーンがあるはず」と思って企画したら、実際にはなくて。でも、あったほうがいいよね、と開発の方にも共感していただいて、そのシーンをつくるところまで進むこともありますよね。
もちろん、すべてのタイトルでできるわけではないですけど。「ないなら別のシーンにしよう」で終わらず、あったほうがいいと開発の方が共感してくださる。ゲームが好きというだけじゃなくて、好きに実績が伴ってきているから、そういう仕事も増えましたよね。
「何これ?」と言わせる一瞬を、最後に仕込む。
公開されている映像で、山本琢也を知ってもらうなら、どれを見てほしいですか。僕の中で思い出深いのは、『餓狼伝説』のプレイガイドなんです。「過去の作品を全部調べようか」というところから入る、あの感じがすごいな、と。
僕が山本琢也監督と時間をかけて一緒にやってきたものって、結構、紹介映像なんですよ。ゲームのシステムやストーリー、どういうゲームなのかを、映像一本の中に落とし込む。原稿から一緒に、「こうだよね」「ああだよね」と考えてきた時間が長いですね。
歩みを読む|餓狼伝説 City of the Wolves「宿命のその先へ」
企画の部分もそうですけど、そこに対する遊び心が、山本琢也らしさだと思います。特に、ナレーションが終わって最後に映像で決めるところ。あのカメラワークで、すごく遊ぶんですよ。
編集を見たとき、僕が一回「何これ?」って言うじゃないですか。笑いながら。「何これ?」って。でも、ディレクションは任せているので、相当変だとか、自分が嫌だと思うものでなければ、そのままにしておく。
クライアントさんが参加するまでは、何も言わずに入れておいて。指摘されたら「バレたか」って(笑)。そういう遊び心が、かなり山本琢也らしさだと思います。
最後に、もう一回見返したくなるんですよね。「今、何が起きてたんだろう?」って。Webの映像をつくってきたこととも、つながるのかなと思いました。気になったら巻き戻せる。その面白さを、どこかに仕込もうとしている。
キャラクターを次々に見せるところは、その前に『VALORANT』でやっていたことがつながっていたりするんですよ。「あのシーンをつくりたいから」と、一緒にやっていた人に、もう一回声をかけたり。
歩みを見る|VALORANT Japan 5th Anniversary
何かしら、自分がおもろいと思うポイントはつくらないと、できないんやと思います。
逆に、上質なトーンで、高級車だけをじっくり撮るような映像ってあるじゃないですか。ああいうのは、自分には難しい。どこをおもろいポイントにしたらいいんやろう、となってしまうんで。
車体に入る光とか、あの美しさにもいろいろなパターンがあるじゃないですか。Aの美しさとBの美しさ、どちらがいいかを判断するのが難しい、という話ですよね。
部署の名前だと思っていたら、服をつくり始めた。
ここまで、どういう仕事をしてきて、僕らとどう出会ったのかは伝わったと思うんですけど。改めて、ΛυΛμε.の話を最初に聞いたときは、どう思いましたか。
名前を聞いたというより、最初はロゴを見た気がするんですよ。ぱっと出されて、「これ、何て読むの?」って(笑)。
部署名くらいの感じかなと思っていたら、服までつくり始めたし、TGSにも出展しているし。最終的にゲームもつくるっていう。「どうなっていくんだ?」って。そういうことなんや、とは思いましたね。
自分はフリーランスでやってますけど、おもろかったら、やろう、という精神なので。
今日の話、ずっとそうですよね。「おもろいからやってる」「おもろそうだから」。そこは一貫している。
ザッケンの隣に、もうひとりが生まれた。
最初、僕が企画したときは、ザッケンしかいなかったじゃないですか。「こういう方向でいけたら面白くないですか」と琢也さんに話したら、持ち帰って考えてくれて。次にこの三人で話したとき、光の玉が出てきたんですよね。
最初は「星の種」みたいな呼び方をしていて。「名前、ないですかね」と、この三人で話していたんですよね。そこで、あの光の玉の名前が「ヴァース」になって。そこから、タイトルにしていく話になった。
最初は、コードネームにしよう、という話だったんです。主人公の名前をそのまま使うより、隣にいるキャラクターから取ろうか、と。でも、気に入っちゃったんですよね。「めっちゃいいやん、響き」って。そのままタイトルにしてやろう、と。
監督としての琢也さんの存在は、かなり大きいんです。登場人物が二人になったことで、もともと考えていたものとは違う方向へ、物語が発展していったんですよ。
琢也さんがくれた強烈な問いは、「手を差し出すことは、どっちのためなのか」ということでした。「最大化ではなくて最適化」という言葉も、琢也さんから出てきたものです。
僕がつくったものは一方通行だったんですよ。それを、二人の相互関係の中で物語が発展していく方向にしてくれた。そこから、ザッケンというキャラクターの性格を出していく形も、変わっていったんです。
ただ物語をつくるだけじゃなくて、ゲーム性や、プレイヤーがどう受け取るかも踏まえて考えてくれる。プレイする人でもあり、プレイして映像に起こすことを繰り返してきた人だから、そこが行き来できるんだなと思いました。僕一人では、なかなか行けなかったところです。監督、強いなって。
「ゲームにしよう」と言ったのは、誰だったっけ。
ゲームにしようって言ったの、琢也さんじゃないですか。
そうなんかな。俺、言ってた? 前原さんが言ってた気がするけど。
そうだ。杉本からも、今までの監督とプロデューサーという関係のままじゃなくて、新しい関係をつくっていきたい、と言われていたんです。それは僕も同じだった。だったら、ゲームを一緒につくるのが、僕らにとって本質的かもしれないと思ったんですよ。
それで、琢也さんを口説くために「このキャラクターを主人公に、ゲームをつくるのはどうですか?」って言った気がする。
釣りやん。見事に釣られてるやん。
ゲームをつくるなら、映像もつくらなあかんな、となって。そこから企画を考えて、今、一生懸命つくっているわけですね。
つくったゲームを、遊んでいる人に会いたい。
その先って、何かありますか。『VEARTH』をつくり上げていくうえで、こういうゲームにしたい、とか。
ちゃんとリリースするところまで、やりたいですね。プレイヤーと出会いたいです。
来年のTGSにも、何か持っていけたらいいですよね。その時点で完成しているかはわからないけど、デモとか、遊べるものを。
これまで、フリーの監督としてつくってきた映像を、自分から「これ、僕です」と言うのは難しいところもあるじゃないですか。それを、ΛυΛμε.が代わりに伝えていける。「山本さんがつくったんだ」と知ることで、見え方が変わる人もいると思うんです。
その先には、「山本琢也がつくる次の映像」を待つ人が出てくるかもしれない。見た人に、どんな気持ちが残ったらうれしいですか。
基本はエンタメが好きなので、「おもろ」って思ってもらえたらいいですね。ゲームの映像なら、「おもろそうなゲームやな」と思ってもらった時点で、まず勝ちです。
「広告、見すぎ、君たち。」
これは僕が代表して言わせてもらいますけど。広告、見すぎ、君たち。自分たちから望んで広告を見に行く人種って、レアですよ。
広告を見ないといけないから、YouTube Premiumには入らない、っていうのも不思議ですよね(笑)。ゲーム映像だけじゃなくて、Xも、TikTokも、Instagramも、すごい量を見に行くじゃないですか。
一回、見せてあげたいんですよ。琢也さんの、iPhoneとディスプレイとの向き合い方。パソコン、サブモニター、携帯、それぞれに違うものが立ち上がっていて。動画が二個流れて、さらにパソコンでも流れている、あの景色。見せてあげたい。
その先は、遊園地のアトラクション。
少し先の話をすると、ΛυΛμε.に加わってよかったなと思うために、何をやっていきたいですか。読んでいる人に、期待してもらいたいことはありますか。
USJなのか、何かしらの遊園地のアトラクションみたいなものをつくりたいんですよ。最終的に。個人的には。
最高ですね。
eスポーツも人気ですけど、反射や判断力、チームの力がすごいじゃないですか。そこに、本当に全力で走って、スライディングして、っていう身体も使うゲームがあったら面白いなと思うんです。実際に体を動かして、チーム同士で対決するとか。今つくっているゲームとは別の話ですけど。
汗をかくとか、生身の人間がぶつかるとか、体が伴う体験って、やっぱり違いますよね。
前に、みんなに「PlayStation 5でやるべきタイトルは何ですか?」って聞いたら、『ラチェット&クランク』って言っていましたよね。R2やL2を押し込む感覚が変わったり、振動があったり、コントローラーがすごく生きている、と。指先の感覚が変わるだけなのに、ゲームとしての没入感がすごい。今の、身体を伴う体験の話に、すごくつながる気がしたんですよ。
そういうことも、やっていきたいですね。最初に話していた、テーマパークのアトラクションをつくる、ということも。企画からプロモーション、実装まで、いろいろなプロの人たちと一緒に、ΛυΛμε.でやりたい。
そういうことを妄想しながら。妄想を絶やさずに、一緒にやっていけたら、熱いですね。
先輩で、頼れる人で、ちょっと変な人。
では最後に、関口さんから何かお願いします。
読んでくださっている皆様、こんにちは。関口です。僕の先輩、山本琢也、いかがだったでしょうか。前職の先輩で、一緒にやっていて助けてもらう場面もたくさんありますし、すごく変な人だということも伝わったと思うので。今後も、山本琢也の変な一面に期待していただければと思います。
※本記事は録音した対談をもとに、発言の趣旨を保ちながら構成・編集しています。