ΛυΛμε.
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【前編】「これじゃない」の先に。|関口黎のΛυΛμε.

関口黎 × 杉本一就 × 前原朋之|映画の記憶から、映像の仕事にたどり着くまで。

透明な傘を手に、路地に立つ関口黎のモノクロのポートレート。
関口黎。ΛυΛμε.公式サイト掲載のポートレート。
前原

杉本さんが、関口さんをインタビューしたいと。「関口黎のΛυΛμε.」を知りたいらしい。

関口

大真面目なやつをやる?

前原

大真面目でもいいし。それは関口さんの回答次第で、どっちに転ぶか。

杉本

関口さんのコラムって、今ないんですよ。制作秘話みたいなものしかなくて。ほんと1週間前ぐらいに、ふとそれを思ったんです。それを今、前原さんに相談したら、「じゃあ、やりましょうか」って形でスタートしました。

関口

5分前?

杉本

5分前。企画5分前。

僕が知りたいというか、世界がそれを待っている。そういう声を待っているんですよ、世界は。関口さんにフォーカスしたものが、まだないから。

映画の記憶。

杉本

どういった幼少期を過ごされていたんですか?

前原

スターウォーズ好きとして、やっぱり、デス・スターとかつくっていたんですか?

関口

デス・スターのレゴは欲しかったけど、でかすぎて買ってもらえなかった、というのはあるけど(笑)

杉本

『スター・ウォーズ』は昔から好きなんですか?

関口

『エピソード1』が1999年ぐらいに、わけもわからず連れて行かれた映画で好きですね。昔から。
初めて見た映画で、俺の記憶に残っているのは『マスク』なんだけどね(笑)

前原

いい教育だ。

関口

そうかもしれない(笑)

杉本

でも、そういう体験が、今、映像をつくっていることにつながるわけじゃないですか。

関口

最終的にはつながるけど、その話でいくと、結構つながらない。

姉との距離。

関口

姉への劣等感もずっとあるんですよ。姉がどんどん前に進んでいく感じがあって。名門と言われる大学に入って、そこから芸大で映像を始める。その流れで進んでいかれると、追いつけなくなっちゃう。

前原

兄弟に対して、悔しいってことはないもんね。

杉本

僕も長男だから、ないんですよ。

前原

そうか、長男だもんね。

杉本

そうそう、ないんですよね。

前原

俺は、年が離れすぎて。

杉本

一人っ子に近いですよね、前原さんは。

関口

幼稚園より前の、保育みたいなところから、同じところに通っていたんです。姉は3つ上なので、入れ替わりになることもあるけど、先生は残っているから。

ただ、「お姉ちゃんはああなのに」と言われるわけじゃないんです。

前原

上が、基準をつくっちゃうんだよね。関口さんにとって、どこがゼロなのかというところで、お姉ちゃんが押し上げたゼロがある。

関口

もちろん、下に生まれたことで得していることもあって。それはすごく感じています。

関口

俺は弟だけど、姉と弟だから、男としては長男なんですよ。そこはまた独特の感覚かもしれない。

もちろん、姉が先に進んでくれたことで、自分が得ているものはめちゃくちゃ感じているし、姉とはすごく仲がいいんです。

前原

東京ゲームショウにも来てくれたしね、お姉ちゃん。

関口

そう、仲がいいから、姉がどうこうということではなくて。母親も父親も、姉と比べて俺をどうこう言うことはないんです。だから、たぶん自分の中の問題なんだと思う。

誰も言わないからこそ、そのゼロに向かわなきゃいけない、ゼロを超えなきゃいけないという感覚がある。どこに設定されているゼロなのか、誰が設定したゼロなのかはわからないけど。

姉から受けたものもあって、自分はそつなくこなしてきたタイプではあるんです。でも、受験という節目では、それが通用しなかったんだなということですね。

思っていた場所に、届かなかった。

関口

高校時代から、そこそこ成績はよかったんですよ。自分で言うと鼻につくけど(笑)
でも、結局は自分で課したハードルに届かなかった。だから、もう1年トライしたくて、親に頼んで浪人させてもらったんです。

前原

大学に1年ずれて入るってことは、4年間ずっとずれているわけじゃん。同じ年の人が一つ上になって、就職しても先輩になる。そのときの関口さんは、どんな気持ちだったの?覚えてる?

関口

結構、ショックでしたよ。現役のときもショックだったけど、浪人して、もう一度結果が出なかったときのほうが、泣いたかもしれない。

あまり誰にも言ったことがなかったけど、だめだったと報告したとき、母親がめっちゃ泣いたんです。普段はあんまり泣かないから。「なんでだめだったの」ということじゃなくて、母親も悔しがってくれたんですよ。

間違いなく努力はしていた。それが届かなかったことに対して、泣いてくれた。自分でも、届かなかったことがすごく悔しかった。あの瞬間は、忘れられないですね。

前原

それを経て、大学に入るわけじゃない。入ってからも、そういう気持ちはあった?

関口

ありましたよ。ずっと劣等感です。大学にいた4年間。

前原

入りたかったところに届かなかった、という気持ちを4年間。

関口

4年間。ずっとあったかもね。

関口

大学でバイトして、飲みに行って、遊びに行って。それに対して「これじゃないんだよな」という感じはあったんです。

前原

それは、いつ薄れていくの? 社会に出た後は、気になったりするのかな。

関口

社会に出た後は、全然気にならなくなったかもしれないです。大学の4年間が、結構苦しかった。

高校の友達とのグループLINEに、「大学楽しめてない組」っていうのがあったんですよ。浪人組ということじゃなくて、大学より高校のコミュニティのほうがしっくりきている友達で。そこに自分も入っていました。

大学の同級生とも、今でも飲みに行くことはあります。ただ、中学や高校の友達ほどではない、という感じです。

その時間を、何に使うか。

前原

どこで「映像をやろう」ってなったんですか?

関口

大学生のとき。しかも、2年生の終わりとか3年生ぐらいですね。大学は法学部だし。

前原

映像をやる気だったら、行かない学部だ。

関口

そう、行かない。政治とか経済を勉強していて、会計士とか、そういう方向に行くのかなと自分では思っていたんです。

たぶん二人はなんとなくわかると思うけど、それをやったときに自分の望む姿なのか、それでかっこつくのかっていうのが、意外と自分の原動力だったりするんですよ。

法学部を選んだのも、弁護士とか、そういう方向性があるなと思っていたからで。弁護士って、職業としてパワーワードじゃん。もちろん、かっこいい職業だと思うんです。資格のある仕事だし、ドラマの中でも出てくるじゃないですか。

でも、法律と向き合って、「ここに当てはまるか、違反しているか」という形で誰かを弁護することが、自分の好きなことなのかというと、そうじゃないかなって。そこで、自分の好きなことを結構探したんですよ。

関口

自分は浪人しているから、同い年の高校の友達が、大学では一つ上の代にいるんです。みんながインターンに行き始めると、その情報が1年早く入ってくる。そうすると、「俺、どうするんだろうな。何をすればいいんだろう」って。

そのころは、大学のサークルにも入らずに、バイトばっかりしていたんですよ。友達と出かけたりもしていたけど、バイトに使っているこの時間を、自分がやりたいことに使ったほうがいいのかもなと思って。

ちょうど高校の友達が、電通クリエーティブX(クロス)という制作会社でバイトをしていて。そこが人を探しているという話になったときに、声をかけてくれたんです。自分でも、ほかの制作会社の募集を探していました。

ゲームも、時間をかけると結構強くなるじゃん。やり込めばクリアもできる。月に80時間、100時間とバイトしているなら、その時間を何かに使ったほうがいいんだろうな、という感覚があった。そのタイミングで紹介があって、クロスでバイトをするようになったんです。

前原

それが、大学3年?

関口

大学3年の、夏終わりから秋ぐらいだったと思います。そこから1年半以上、アルバイトをしていました。

杉本

その時間を何かに使おうと思って、なぜ「映像だ」ってなったんですか?

関口

それまで自分がやっていたのは、歴史とか政治とか、わりとお堅いほうの勉強だったんです。それが好きで勉強していたんだけど、ものをつくったり、感性で勝負したりしている友達と話すのが、単純に面白かった。ドライブしながら、そういう話をしていて。

憧れなのか、キラキラしていていいなという感じもあったし。ちょうど姉も、文学部から映画のほうへ進んでいたんです。もともとはフランス文学をやっていて、そこから大学院で映像をやることになった。「そっちに行くんだ」っていうのもありました。

ずっと、新しいものに触れていたい。

前原

お姉さんの影響もあったの?

関口

もちろん、その影響もあって。姉と全く同じところに行くよりは、まずバイトで入ったところで、CMをやってみようかなと思ったんです。

当時、自分が思っていたのは、CMはとにかく新しいものが出てくるということ。新しい商品が出てきて、それに対するものをクリエイターがつくっていく。新しいものに、ずっと触れ続けていくんだなと。

クロスで部長をやっていた方が、当時60歳手前ぐらいだったんですけど、いろんなデジタルのものをものすごく使いこなしていたんですよ。

それを見て、こういう業界にいるからなのかなと思って。最先端のものにいろいろ触れていたら、若くいられるというか。新鮮な状態で進んでいけたらいいな、というのはありました。今、映像をやっている理由という意味では、そういうことなのかな。

※本記事は対談の編集原稿をもとに構成を整理しています。